マダイ
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マダイ

マダイ 49cm

 11/15の投稿に遡る。まずは、モンスターショアレッドとの一戦について語るとしよう。

 ヒラスズキをバラした後、KAGELOU MD 125Fでの2投目。外側の暗部にキャストして、明部の中心を通す。
 今の状況からして、くるならここしかあり得ないが、チェイスすら確認できない。
 このまま明部を引いてきても、無駄にルアーを見せるだけだ。立ち位置を変え、明暗の際を通しながら、足元の暗部の中心を通していく。
 すると、とてつもなく巨大な魚影が、急浮上して姿を現す。そして、猛チェイス。
 かなりやる気がありそうだが、ルアーに追いついても口を使わず、早巻きにしてもチェイスのみ。これ以上手前でヒットさせても、ヒット直後にバラすのは明白だ。最後の賭けにでよう。
 ロッドを限界まで下げ、1回転ほど早巻き。カゲロウのリップにより水を噛ませて、レンジを入れる。限界深度まで下げた後、ハンドルを止め、ロッドでカゲロウを手前に引きながら、急浮上させる。

 すると、ヒットだ。

 後方からのチェイスとなると、ヒラスズキではなく、シーバスか。
 横方向に全力のアワセを入れ、即座に巻きアワセで追撃。すると、水面を爆発させながら暴れ狂う。その後は異常なまでに強烈な引きで底へと走り出す。
 けたたましいドラグ音が鳴り響く。そのあまりに瞬発的で強烈な引きから、私はその正体が、大型のヒラスズキであることを悟った。
 しかし、ヒラスズキはルアーの下から襲いかかる。後方からあれほど長時間チェイスすることはない。
 なにより、底へと走っては浮かせの繰り返し。エラ洗いをする気配もない。
 シーバスもヒラスズキも、サイズが大きくなるにつれてエラ洗いの回数は減るが、いくら水深があるエリアとはいえ、横方向には一切走らないその魚に、私は疑念を持ち始めた。
 巻いては出されてを繰り返しながらも、ようやく水面付近まで浮かせると、その巨大な魚影は、ヒラスズキにしてはあまりにも体高がある。どうやら、クロダイのようだ。
 だが、その巨大な魚影を見てふと思った。これほど大きなクロダイが、はたして存在するのだろうか。推定80cmはゆうにある。クロダイにしてはあまりにも大きい。そして何より、尾鰭が非常に長く鋭い形状をしている。
 ランディングには十分な常夜灯の光量があり、不必要に魚を驚かせたくはなかったが、我慢できず、ヘッドライトで魚を照らした。
 すると、その魚は、綺麗な桜色の体色をしている。まさか、遥か昔より、日本人に最も愛されてきた魚。高級魚の王にして、全釣り人の夢、マダイか。
 しかし、そのモンスターショアレッドを前にしても、私の心拍数は平常値を保っていた。
 クロダイとのやりとりには慣れており、バラした経験といえば、クロダイとのファイトに慣れていなかった頃の数匹だけだ。ヒラスズキ以外の魚相手に、今の私がヒット後にバラすならどあり得ない。
 シーバスアングラーとしての誇りと、その圧倒的なまでの過信が、私の釣り人としての判断を鈍らせた。
 本来ならここでドラグ調節をして、慎重なファイトをすべきだったのであろうが、緊張感は微塵もなく、腹を上にして浮かせようと躍起になったのだ。

 水面に体が出た瞬間、クロダイとは比べ物にならないほど暴れて底へと走り出す。
 クロダイであれば、二度も水面に浮かせればされるがまま、勝負はつく。しかし、このモンスターショアレッド、何度浮かせても底へと戻ろうとする。
 このままでは埒が開かない。落ち着いたタイミングを見計らい、ランディングネットを水中に落とし込む。
 こうして見ると、やはり規格外の大きさ。ランカーシーバス対応のランディングネットに収まるかどうかの大きさだ。80cm、いや90cmクラスか。
 完全に魚体を浮かせ、勝利を確信した間際、マダイはまたしても狂ったように暴れ始め、再び底へと走り出す。
 すると、ふっとラインが軽くなる。何度味わっても最悪の感触。フックアウトではない。ラインブレイクだ。

 ヒラスズキを想定して、ヒット直後に確実にフッキングを決めるため、かなりドラグを締めていたが、それでも、せいぜいドラグ値は3〜4kgがいいところ。フルドラグでもないPE1.5号を引きちぎるとは、なんたるパワー。天晴れだ。
 毎釣行、傷の有無に関わらず、ラインを5m以上詰めている私には、高切れなど一度として経験がない。
 エアリティのフルドラグ10kgでも、悠々とラインをもっていくオオニベにも切られなかったこのライン。
 それを切るということは、巨体からくる重量だけでなく、その圧倒的瞬発力によって、ラインに加わる一瞬の負荷は、かつてないほどに、計り知れないものだっということか。
 いや、これは私の慢心が招いた結果だ。止めきれない魚ではなかった。十分にコントロールできていた。時間をかけ、慎重なファイトをすれば、確実に獲れた魚だったのだ。
 だが、この敗北が、私を更なる高みへと昇華させた。

 生涯二度と出会うことはないであろう、あれほどのモンスターショアレッドをバラしたことを、悔しいと思わないと言えば嘘になる。
 だが、マダイが食ってくるなど微塵も想定していなかった。チェイスからヒットまでの誘い出しは私の技術と知識あってのことだが、仮想敵に挙げていない魚である以上、運良く居合わせた魚を掛けただけのことだ。
 仮にキャッチしたとしても、なにも誇れるものではない。釣ったではなく、釣れた。私が忌み嫌う、運任せの釣りだ。
 それでも、私が天を仰ぎため息を吐いたのは、やはり、カゲロウを持っていかれたことに他ならない。
 KAGELOU MD 125F。カラーはスケルトンチャートⅡ。入手困難な大人気プレミアルアーだ。ネット通販では送料込みで3,000円を超える。市場に出回ること自体稀であり、転売品を除き、金を積めばいつでも買えるルアーではないのだ。

 その後、呆然と海を眺めていると、カゲロウを咥えた巨大なマダイが水面に姿を現した。
 何かの間違いで掬えないだろうか。私はランディングネットを慎重に水中へと落とし込み、そのマダイへと寄せていったが、近づければ近づけるほど、沖へとゆっくり逃げていく。
 その後ろ姿を、ただ指を咥えて見ていることしかできず、常夜灯の光が届かぬ、遥か先へと消えていった。

 そして、この一戦から2週間が過ぎた。

 私は因縁の常夜灯の前に座り込み、イワシの回遊が射程圏内に入るその時を、ただひたすらに、ひたすらに待ち続けた。
 姿が見えずとも分かる。マダイはいる。間違いなく、私の足元に。
 チャンスは一度きり。待つのだ。イワシが寄り、マダイが目の色を変えるその時を。
 夜明けが近づくにつれ、鳥山も私の元へと近づいてきた。 KAGELOU MD 98Fをぶら下げた竿を持ち、冷え切った体を動かす。
 ヒットは1投目に限る。数cmのキャストミスも許されない。脳内で幾度となく、着水点、トレースコース、ヒットの予測地点をイメージする。
 そして、視界一杯にイワシの大群が広がった。イワシの群れで、海面が震えているかのように波打ち、明部を彷徨いていたヒラスズキが捕食を始める。
 常夜灯、河川、サーフ、磯、デイゲームの居着きの川ヒラ。いかなる条件下においても、ヒラスズキを釣る術を身に付けた今の私には、ヒラスズキを釣るなどあまりに容易い。ヒラスズキはもはや外道。狙うは、マダイの首ひとつだ。

 それから数分後、ついに、明部の中心へ、堂々とマダイが姿を現した。
 前日同様、完璧な読みだ。その姿を捉えた瞬間、全身が小さく震え出す。
 自身が狙われているとも知らず、マダイは猛烈な勢いでイワシを追い回している。
 ヒラスズキとは違い、マダイのボイルは、水面を激しく炸裂させる。その明確なボイルが数回出るまで、耐えるのだ。今すぐにでも投げたい、この衝動を。
 2回、3回とボイルが続く。マダイは完全に捕食スイッチが入った。
 せいぜい楽しむといい。そのイワシが、お前の最後の晩餐だ。そして、私はお前を最後の晩餐にする。
 ルアーの着水点、トレースコース、そしてヒットの予測地点は、ヒラスズキの明暗ゲームと同じ。最大の懸念点は、マダイよりも先にヒラスズキが食ってしまうこと。
 ヒラスズキがイワシに喰らいついている状態で、マダイがイワシを完全に飲み込み、次のイワシを捕食しようとするタイミング。その僅かなタイミングで、マダイの位置を正確に把握して、マダイのみが口を使うトレースコースを引かなければならない。
 チャンスは一度きりだ。マダイとは言え、一度見切ったルアーに二度は反応しない。

 マダイが暗部に戻る。ヒラスズキがイワシに喰らいつき、明部でその美しき白金の体表を輝かせたタイミングで、KAGELOU MD 98Fをキャスト。最短距離で確実なトレースコースを引く。
 ヒットの予測地点に差し掛かり、手元が震え出す。眼球は見開き、乾ききっている。
 何度も脳内でシミュレーションを重ねた。くるならここしかあり得ない。 

 そして、竿先が曲がった。
 乗ったか、まだか、 いや、ヒットだ。 

 ヒラスズキのアタリに慣れているためか、マダイのアタリは非常に分かりづらい。アタリでアワセを入れるのではなく、竿先が曲がり、しっかりと重みを感じたタイミングでアワセを入れるイメージだ。
 しかし、前日の22時から待ち続けること数時間。とっさの判断に遅れが生じた。アワセを入れるタイミングが僅かに遅く、ヒット直後に水面を爆発させながら激しく暴れる。
 そして、確実なアワセを入れる前に、フックアウトだ。

 まるで、事故でも起こした後のように、今にも破裂しそうなほどの異常な速度で、心臓が鼓動しているのが分かる。
 圧倒的絶望感。あまりに受け入れ難い現実に、目の前が霞み始めた。
 いや、諦めるのはまだ早い。ボイルの間隔からして、マダイは複数匹いる。残りのマダイを狙えば、まだ可能性はある。
 しかし、マダイの正確な位置を目視で確認できず、やや時間を空けてKAGELOU MD 98Fをもう一投するも、そこはヒラスズキのヒットの予測地点と同じ。
 マダイよりも先に、ヒラスズキがヒット。対マダイのファイトスタイルのままヒラスズキを相手にしてしまい、エラ洗いを連発。バラした挙句、盛大に場荒れさせてしまう。

 そして、ついにマダイのボイルは途絶えた。

 夜明けまで時間がないが、今の精神状態では何をやっても逆効果だ。一度車に戻り、目を閉じた。
 今日しかないのだ。今日限りで最後にすると心に決め、背水の陣で挑んだのだから。
 なんとしても、シーバスルアーのみを使い、確信の一投で釣らなければならない。それ以外は、マダイとして認めない。
 私はルアーフィッシングの花形、シーバスアングラーである。これまで釣ってきたシーバス、ヒラスズキは、アタリ、バラシを含めて、全て確信の一投で仕留めてきた。
 闇雲に投げ続けるだけで釣れる魚ではない。狙わずしては決して釣れない魚であるからこそ、私はシーバスアングラーとしての自分に誇りをもってきた。
 仮に狙わずして釣れたというのなら、それはとてつもない確率を引き当て、シーバスアングラーが放つ一投に重なっただけのこと。
 それを何度でも再現できてこそ、釣り人は初めて、シーバスアングラーと名乗ることを許されるのだ。
 正真正銘のシーバスアングラーとなったこの私が、今日までに獲得してきた経験、知識、技術、それら全てを、最後の敵、あのショアレッドにぶつけ、その首を獲る。これが、私に残された最後の使命だ。
 強き闘争心を燃やしながらも、次第に冷静さを取り戻していく。
 再現性がなく、狙って釣ることは不可能と言われたマダイ。それを今、私が可能にする。シーバスアングラーである、この私が。

 しばしの休息後、確固たる決意を胸に、再び戦地へと舞い戻った。
 水面に影を落とさぬように、おそるおそる覗き込むと、先ほどのベイトの一部がまだ残っている。
 しかし、皆無防備に散らばりながら泳いでおり、何かに追われている気配は微塵もない。完全に時合いが終わったか。
 釣れぬと分かっていながらも、KAGELOU MD 98Fでの1投目を放つも、チェイスの影すら見当たらない。その後も数投したが、何の反応もない。
 私の推測では、朝日でこの明暗部が薄れるその時までは、確実にマダイは暗部に留まっている。まだ近くにいるはずだ。
 しかし、腹が満たされたのか、捕食スイッチが入っていないのか、カゲロウにすら反応が無い。ここで、ある奇策を企てた。
 シーバスに強制的に捕食スイッチを入れる術が一つある。マダイ相手に通用するかは分からないが、試してみるとしよう。

 この説は、かつて、年間釣行回数300日を誇った、駆け出しのシーバスアングラーであるこの私が、自らの経験から導き出した仮説である。
 明暗部に関わらず、ベイトはいるがボイルが出ない。そのような状況において、敢えてルアーを高めの弾道で放ち着水音を大きくする。そして、ベイトを蹴散らすようにやや早巻きをすると、ベイトはルアーを恐れ、水面を跳ね回り、水中で逃げ惑う。
 もし近くに、その様子を見ているフィッシュイーターがいれば、ベイトの激しい動きを見て、堪らず捕食スイッチが入る。
 もしくは、自分以外の何物かが、餌を横取りしようとしていると思うのだろう。否が応でも、あたり一面でボイルが連発するのだ。
 この説を聞いて、心当たりのあるシーバスアングラーも多いことだろう。静まり返った釣り場にルアーを数投していると、徐々にボイルが連発。時合いがきた、回遊があった、ルアーの集魚力か。そう捉えることが大半だろうが、私に言わせれば違う。
 もちろん、その場合もあるだろうが、私はこの説を立証する為に、何度も再現性を確かめた。
 シーバスは見えるが、ベイトは散らばり追われる気配がない状況。水面をついばむベイトの大群はいるが、ボイルが出ない状況。
 このような状況下で、あえてその様子をひたすら観察する。数十分経っても変化がない場合、先の手順通りにベイトを刺激すると、瞬く間にボイルが連発する。
 一度や二度ではない、これまでに幾度となく再現することに成功している。
 もちろん、近くに口を使わずに見ているだけのフィッシュイーターがいることが前提ではあるが、私はこの自身の仮説に、確固たる確信を持っている。

 イワシが散らばり、静まり返った平穏な明暗部。姿が見えずとも分かる。モンスターショアレッドはそこにいる。
 KAGELOU MD 125Fを着水音が大きくなるよう、高めの弾道で着水させる。そして、やや早巻きでベイトを蹴散らす。これを数投繰り返す。
 補足だが、ベイトを散らすのが目的なら、スレてもいいルアーを使うべきであり、マダイのヒット経験があるKAGELOU MD 125Fを使うのは賢くないと思われるだろうが、唐突なチェイスが起きる場合もある為、敢えて、確実なバイトが見込めるKAGELOU MD 125Fを使っている。
 次第に、散らばっていたベイトは、ベイトボールを形成する。あとは、このベイトボールという名の活き餌に、マダイの捕食スイッチを入れてもらうのみだ。
 ルアーは投げず、ただひたすら様子を見る。数分もせずに、一匹のイワシが、ベイトボールから抜け出し、水面を跳ね回った。
 確実に何かに追われている。水面にボイルは出ないが、このベイトボールの絨毯の下に、間違いなく、モンスターショアレッドが潜んでいる。
 あとは、どのルアーで食わせるかだ。

 狩りをしているレンジからして、カゲロウではマダイの射程距離には届かない。
 マダイの二度のヒットは、どちらもカゲロウ。その圧倒的に釣果の前に、もはや私は、ロールアクションのルアーしか信じられなくなっていた。
 レンジが入り、ロールアクションをするルアー。尚且つ、これまでに何かしらの反応を得られたルアー。
 ある。一つだけ。ローリングベイト77だ。10/11の釣行にて、デイゲームで一度だけヒラスズキのアタリを得ることが出来たルアー。その時の釣行記にも、その名が登場している。
 過去の釣行に散りばめられた伏線を回収することこそが、私の釣りの醍醐味だ。
 現存する釣りの最難関である、居着きの川ヒラに口を使わせたということは、その性能はカゲロウにも匹敵する。
 キャッチこそなくとも、信用は出来る。なにより、その名の示す通り、ロールアクションのルアーである。
 そして、カラーはあの、CHモヒートだ。
 デイ、ナイト、明暗部、光量、濁り。それら一切をものともせず、ヒラスズキ、シーバス、クロダイ、青物。ありとあらゆる魚を騙し抜いたこのカラーの前に、あのモンスターショアレッドでさえも、ひれ伏すことになるだろう。
 もはや、ローリングベイトである必要もない。私が最も愛したルアーカラー、天下無双のCHモヒートへの強き信仰心が、私に運命の一手を選択させたのだ。

 ローリングベイト77での1投目。正真正銘、マダイのみを狙った、確信の一投だ。

 ベイトボールの際、僅か数cmに、完璧なキャストで落とし込む。
 これほどのベイトの数を前に、ルアーに反応させるのは至難の業。着水と同時にベールを返し、テンションフォールで時間をかけ、じっくりとルアーの存在に気付かせる。
 ラインに触れるベイトの振動。ルアーがベイトボールの直下に到達したであろうタイミングで、ハンドルを1回転。
 そして、竿先が曲がった。
 まだアワセは早い。走り出すコンマ数秒前、ずっしりと重量を感じたその一瞬、垂直方向に、渾身のアワセを入れる。

 けたたましいドラグ音 ヒットだ

 圧巻の引き。その引きの前に、ただなす術もなく、ラインは放出され続けていく。
 シーバスやヒラスズキとは違い、マダイとのファイトに高度な専門技術は要求されない。ヒットさせ一度でも底へと突っ込ませれば、クロダイ同様、確実に獲れる魚だ。
 これをバラせば、生涯の汚点。シーバスアングラーに三度目はない。
 ここで、打ち付けるような引き。重量からも察していたが、やはり小型のそれ。モンスターショアレッドには程遠い。
 打ち付ける引きをするクロダイは、総じて30cm前後の小さな個体に限る。40cm以上になると、その引きはヒラスズキを彷彿とさせる、瞬発的で強烈な直線的な引きであり、30cm前後の個体ほどの明確な打ち付ける引きを感じたことはない。
 前回の80cmクラスのモンスターショアレッドも、その引きはヒラスズキと酷似しており、明確な打ち付ける引きは感じなかった。
 小さな個体ほどエラ洗いを連発するシーバスと同じく、打ち付ける引きをするタイもまた、小さな個体特有のものなのだ。
 そうとは言っても、重量からして40cm程度のクロダイと同等だ。ではなぜ、打ち付ける引きをするのか。それはやはり、クロダイとマダイの最大サイズの差であろう。
 クロダイの良型が40cm以上とするのなら、マダイの良型は60cm以上と言ったところか。
つまり、この重量から推測される40cm程度のマダイは、クロダイの30cm程度と同等のサイズであり、小型特有の引きをする説明がつく。
 しかし、今回はマダイのみを狙った釣行で、確信を持った一投でヒットに持ち込んだマダイ。
 不可能と言われた、プラグを使っての再現性のある真鯛釣り。いかなるサイズであれ、前人未到の一本になる。

 集中力を極限まで高め、バラシに繋がる全ての可能性を予測する。
 マダイとのファイトで最も危険なのは、水面に浮かせた後のひと暴れ。それに備え、ドラグを限界まで緩めた状態で、慎重に水面へと浮かせる。
 ここで、初めてその正体を目撃する。この私が敵を見誤るはずもないが、その正体は、やはりマダイ。この距離でも分かる。なんたる美しさ。
 モンスタークラスでなくとも、やはりマダイは水面に浮かせると激しく暴れる。水面に体を出し空気に触れた瞬間、けたたましいドラグ音と共に、再び底へと突っ込んでいく。
 クロダイなら二度も浮かせれば勝負が着く。マダイとクロダイの明確な違いを挙げるなら、やはり、このランディング間際の攻防だ。
 同じやりとりを何度も繰り返し、ようやく体力が尽きてきたか。ついに、腹を横にして浮いてきた。
 ランディングネットを水中に落とし込む。ラインスラックを適切な量に調整して、マダイに竿先の力が必要以上に伝わらないように、細心の注意を払い寄せていく。
 前回はここで、強引なやりとりをしてラインを切られた。今のドラグ値でラインを切られる可能性は0%だが、再度突っ込む可能性を十分に念頭に置き、確実に捕えられるタイミングを伺う。

 左手の中指で、スプールを押さえラインを止める。
 慎重にロッドを立てながら、マダイの頭を浮かせ、右手に握りしめたランディングネットを、マダイの体の下へと滑り込ませる。

 そして、ついに捕えた。

 今確かに、私のランディングネットの中にいる。古来より、日本人に最も愛された魚。あの、真鯛が。

 狙った一種のみを、論理的な仮説を基に、釣れると確信した一投で釣るのが私の釣りだ。
 マダイの偶然のヒットから再現性を見出し、その後、二度のヒットに持ち込むことに成功。 
 そして、その内の一匹を、確信の一投で仕留めきった。
 今の私が放つ、確信の一投。その一投は、他の釣り人の数百、数千のそれを凌駕する。

 この一匹に辿り着く為に、今日までシーバスアングラーとしての道を、ひたすらに極め続けてきた。そう断言できる。
 だが、前人未到の快挙を成し得ても、もはやそこに、喜びはなかった。やりきった。それだけだ。私は完全に燃え尽きた。
 これ以上は、何を釣っても蛇足。初めて手にしたシーバスを越える感動は、この先もありはしないように、このマダイを越える到達時点もまた、どこにもありはしないのだ。
 目前に横たわるその美しき生物に、私は自身の、釣り人としての終焉を見た。
 これぞまさに、有終の美。私の最後に相応しい、究極の一本だ。

 日本の象徴でもある桜。その桜を彷彿とさせる体色。確かに美しい。
 しかし、それ以上に目を引くのは、鰭の先と、体表に散りばめられた斑点の色。写真には映らない、自ら発光しているかのような、見事なまでのターコイズブルーだ。
 圧倒的美しさ。これ以上に美しい魚を、私は知らない。日本の国魚は、錦鯉ではない。この真鯛だったのだ。
 時代を問わず、物心着く頃から、日本人の記憶に縁起物として刷り込まれた魚、真鯛。その名は、数々の歴史的文献にも登場するほどに、この日本国において、神聖視されてきた。
 この魚を見て特別な感情を抱くのは、日本人であるという確固たる証拠。私の中にある日本人としての誇りを、これまで以上に強く感じさせられる。
 たい焼きはなぜ、鯛の形をしているのか。それもまた、日本人に最も愛された魚であるからに他ならない。
 たい焼きの形がマゴチなら、とうの昔に、どこかの地方のゲテモノ料理として扱われていたことだろう。

 とは言え、マダイはシーバスほど賢くはない。賢くないというより、マダイのみを狙って釣ることが出来る釣り人が存在しない為、スレていないと言うほうが正しいか。
 両種の絶対数が同じであるなら、マダイを10匹釣るより、シーバスを1匹釣るほうが遥かに難しい。
 シーバスの前では、あのマダイとて、第一次大戦後のドイツ紙幣一枚にも満たない代物だったのだ。
 どうにかこの魚に付加価値を付けようと考えたが、考えれば考えるほどに、シーバスがいかに崇高な魚であったかを思い知らされた。

 しかし、このマダイ。ただのマダイではない。あの、駿河湾産の真鯛だ。
 それは、天下人の魚。諸説あるが、あの徳川家康が愛し、死因にもなったと語られる真鯛。
 その生涯を、駿河の地で終えた徳川家康。当時の食料の保存技術を鑑みれば、今の静岡市周辺で獲れたことは確実。
 いくら「腐っても鯛」などという言葉があれど、あの天下人に、遥か遠くの地で獲れた、本当に腐った真鯛を差し出したとなれば、間違いなく首をはねられる。
 つまり、私が手にしたこの真鯛には、天下人を葬った真鯛の血が流れているのだ。
 天下人の味。この魚を食し、生き残った時、私は、天下人の上に立つ。

 私は、自身が釣った魚を美味しく食べたいのではない。私の技術を持ってして釣り上げたその魚を、真に理解する為に食べるのだ。
 いつものように、素材本来の味が分かるように、刺身、塩焼き、煮付け、あら汁で頂く。
 まずは刺身から、醤油を付けずに一口。これが、天下人の味か。
 味は平鱸によく似ているが、歯応えのある平鱸とは真反対の、非常に柔らかい身をしている。その柔らかさ故、捌くには非常に苦労した。
 平鱸の方が好みではあるが、腐っても鯛。十分に美味しいと言えよう。
 塩焼きと煮付けは、焼いている最中にも、食欲をそそる匂いがしなかった。
 その味は、真鯛である必要があるとは思えず、他の魚を真鯛として出されても判別はつかないほどに地味だ。
 あら汁に関しては、少々の塩だけで十分に味を楽しめた。これは自信を持って美味しいと言える。
 それらを身内にも振る舞ったが、特段喜ばれることはなかった。私が思っていたほど、今の日本人にとっては、真鯛は特別なものでないようだ。

 そして、それら全てを食し終え、私は生き残った。
 その先には、徳川家康をも越えたという達成感があり、自身をより崇高な人間にしてくれることを期待していた。
 だが、残ったのは、真鯛の残骸の放つ異臭だけ。自身が何者でもなかったということを、再認識させられただけであった。

 これが私の、釣り人としての最後の晩餐だ。
 シーバスを釣りたいと思い立ち、半年という月日をかけ、ついに、4/16、僅かな成功体験から導き出した仮説を元に辿り着いた、人生初のシーバス。
 あの日から、数々の激闘を制し、眩いばかりの圧倒的戦績を残してきた。
 その激闘の中で、私が憧れ追い求めた、シーバスアングラーとして理想像。気付けば、私はその遥か先をいっていた。
 釣れるならこの一投。ヒットの予測地点に差し掛かったその時。そう確信して放った一投は、いつでも私の望んだ魚を連れて来た。
 思い描いた通りに釣れるのは気分が良い。だが、それが常に必然の結果となった時、もはやそこに、何の喜びも感じはしない。その先にあるのは、完全なる虚無。
 現存する釣りの最難関。デイゲームの居着きの川ヒラを獲った時点で、私は己の限界を悟ったのだ。

 物心着く頃から、世界各国で、あらゆるジャンルの釣りに身を投じてきた。そして、燃え尽きてはまた始めてを繰り返し、現在に至る。
 いつの日か、また釣りをしたいと思う時が来るだろう。それは明日か、数十年後か、今は分からない。
 ただ一つ言えるのは、釣りに行かなければという強迫観念から解放された今の私は、かつてないほどに洗練されている。

 もしこの先、また釣り場に立つ時がくれば、その時狙うは、この静岡県でも捕獲事例がある、日本三大怪魚の一角、アカメだ。
 最初の一匹は、シーバス狙いで掛かった偶然の産物になるだろう。
 しかし、マダイ同様、その偶然の一匹から再現性を見出し、自身だけのアカメ釣りを確立するのだ。
 あいにく、私はまだ若い。半世紀先まで釣りは出来る。
 その時、アカメの個体数が増えているのか減っているのか、そんなことは知る由もないが、この生涯をかけて追い求めれば、必ずや、この手に収める日が訪れよう。

 長らく車に積んでいた釣具の全てを、家の中へと運び込む。
 車の中は見違えるほど広々として、まるで新車に乗り換えたかのようだ。
 これでもう、ハンドルを切る度に、トランクに積まれたルアーボックスの山が音を立てることもない。
 車に乗る度に、ランディングネットに染み付いたシーバスの臭いがすることもない。
 そこに寂しさなど微塵もなく、清々しいほどの解放感だけが残った。
 この感情が意味するのは、紛れもなく、自身の求めた境地への到達。

 シーバスアングラーとして駆け抜けた、激動の一年。それは、己の存在価値を測る、究極の挑戦。
 飽くなきこの挑戦に、今、自らの手で終止符を打った。

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釣果データ

釣れた日
2025年12月01日 04:42
魚種
タイ > マダイ
サイズ
49.0cm
重さ
匹数
1匹
都道府県
静岡県
エリア
三保
マップの中心は釣果のポイントを示すものではありません。
マダイが釣れる近場の釣果

マダイ × 静岡県

マダイ × 三保

タックル

ロッド
リール
ライン

状況

天気
 8.0℃ 北西 1.9m/s 1019hPa 
潮位
121.3cm
潮名
中潮
月齢
10.8
水温
水深
タナ(レンジ)

この日の釣行

日時
2025年12月01日 04:42〜04:42
04:42 釣行開始
三保で釣り開始
GOSEN
ゴーセン ルーツ pe8本編み 1.5号/30lb 1.5号/30lb(14kg)
04:42 釣行終了

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